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香蒔が通う私立高校までは徒歩10分程度。
門を出て、左に曲がってから3つ目の交差点にいつも彼は居る。
紺地に青い線が入ったネクタイを緩め、第2ボタンまでを外した格好。
海(カイ)だ。
背は10センチほど海の方が高い。
男の子にしては髪が長く、色素の薄い髪を1つに結わえている。
「おはよう」と、香蒔が言うと、
海は欠伸をしながら、「おはよ」と呟く。
ただ、それだけの朝。
海の気分がよければ、『昨日の客はどうだった?』と、香蒔に尋ねることもある。
が、そうじゃない日の方が圧倒的に多く、ほぼ毎日2人は挨拶後無言で正門をくぐるのだ。
香蒔と海は俗に言う仕事仲間、同僚である。
仕事時の現時名は、香蒔がカヲル、海はウミと言う。
砂和子の知人がオーナーを務めるクラブ『華胥-KASHO-』で働きはじめてから、3年。
当初、ホストクラブか何かかと思っていた香蒔だが、
其の予想はある意味で当たり、ある意味で大きくはずれた。
まず、客層は10代後半から30代前半の男性のみであるということ。
お酒を飲んで話すだけではなく、ホテル又は従業員の自宅へ客を連れていき、
客が望めば夜の相手まで勤めなければならない、掟。
そういった性癖を持つ男性は割と多い。
滅多にない得点つきである『華胥-KASHO-』は客も多く、繁盛していた。
例え、此処に勤めたくて勤めているわけでなくとも。
呪縛から開放される術など最早無いに等しい。
いつものように、無言で隣を歩いているはずの海が突然香蒔を呼び止めた。
「何?」
「宮谷オーナーが、お前に今日6時に予約が入っているって伝えてほしいといわれていたのを思い出した」
未だ眠そうにゆっくりと話す海を尻目に、「…わかった」とだけその場に残して。
そのまま香蒔は1人で、一足先に正門をくぐった。