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自分のアルコールの匂いだけを気にしながら過ごす学校は、香蒔にとって無駄な休暇である。
話し掛けてくる性癖のないクラスメイトにも、
自分に好意を持たせる要素を把握し、それと同時に深く付き合わない。
喧嘩なんかに巻き込まれて、体に傷をつくってはいけないからだ。

そして夕が来る前にやつれた顔を立て直さなければならない。
休み時間に何度か顔を洗いに手洗い場へ行く。

そのときに、海が誰かしらの腰に腕を回して一緒に歩いている姿をよく見掛ける。
香蒔は海のタフさに圧倒され、二日酔いの頭が一層重くなる。

だが、自分が砂和子の膝元から追い払われぬ以上仕事を辞めることはできない。
仕事をするのは「自分自身」であるが「香蒔」ではないということを支えにして続けている。
そして、砂和子から離れる事をなによりも恐れていた。


帰宅時間はいつも4時半。
自室へ戻る前に、離れの座敷でくつろいでいる砂和子の元へ直行する。

座敷の襖の前に正座をし、
「香蒔です。ただいま戻りました」
と、声をかけて砂和子の返事を待ってから襖を引く。

「おかえりなさい。今日のお仕事についてお話するわ。入ってらっしゃいな」

ゆっくりと手招きをする砂和子は黒猫を膝に乗せ、板張りの上で低い椅子に腰掛けていた。
香蒔は砂和子の足元へ座る。

「今日はお店ではなくて、お客さまのお家へ行って欲しいそうよ。
時間は6時。お洋服とお客さまのご住所は、お部屋に用意してあります」

砂和子は手を伸ばし、指輪ひとつつけていない指で香蒔の顔に優しく触れ、にっこり微笑む。

「さぁ、行ってらっしゃいカヲルさん。車とおまわりさんに気をつけて」