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声変わりがまだ未完成の、かすれた少年の声
座敷一面に敷き詰められた紫色のライラック


  


―――香蒔
――――ねぇ、香蒔



「香蒔、ねぇどうしたの?どうして黙ってるのさ」

カヲルの頭の中で暴走していたヴィジョンが、
良く磨かれたフローリングに自分を押さえつけている者の、低く笑う声で完全に消え去った。



―――コウジ・・・
――――って言った?今、



発火したように体中が熱くなった。

カヲルは、首筋に喰いつきながら「コウジ」と繰り返す客の両肩を掴んで、上半身を引き剥がした。

「僕は・・コウジではありません。カヲルです」

薄い碧色の目を丸くして、客はぽかんとカヲルを見下ろす。心なしかゾッとした。
カヲルよりもひとまわり大きい、少年とも青年とも言えない曖昧な背格好で、
オーナーが一目見たら店に連れて帰るだろう、華胥の従業員達に負けず劣らずの美貌が伺える。


「何言ってるの香蒔。訳わかんないよ・・・――前みたいに呼べよ。昴って」

昴と言った客の、濡れた唇から漏れる切ない声にうろたえながら、カヲルはあることに気が付いた。
じっと見降ろす昴の目の焦点が、自分の目とまるで合っていない。
指が頼りない仕草でカヲルの胸の上を彷徨う。


―――――盲目?


部屋の隅のデスクに目を向けた。
プリンタやスキャナの機材の他に、見慣れない機材も多い。


―――――この人、僕の顔がちゃんと見えてない


状況がみえてきた。
そして更に、どうして彼が自分の首に唇をつけるまえに気がつかなかったのだろうかと、
カヲルは自分を責める。


「僕は「光司」ではないんです。こちらの不手際で僕が・・光司は店にいます。
連絡をとってこちらに来させますから・・・電話を」

カヲルのふたつ上に、「光司」という名で店にでている者が一人居る。
昴の相手をするのなら、昴よりも上背の彼だろう。


しかし、当の昴はそれを全く聞いていない。
それどころかもう、カヲルのシャツの下に指を這わせていた。



「僕さ、来週視力を上げる手術を受けるんだ。そしたら、昔みたいにまた遊べるね香蒔・・・」