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時刻は深夜0時。
香蒔は自室のベッドの上で頭を抱えていた。
睡眠薬を飲んだのだが、未だ効果は表れない。

眠ってしまった昴の布団から抜け出して、旦那様に報酬を頂いた後、帰路についた。
先程、砂和子の部屋に寄り挨拶をしたが、
いつも通りお客様のことについては何も訊かれなかった。


―――昴は誰だ?


過去を振り返ってみても、盲目の男の子という知り合いはいない…はず。
砂和子のところに着てからは尚更知っているはずがない。
(プライベートの知人のところへは仕事に行ってはいけないという華胥の掟がある)
砂和子は自分を護ってくれるのだから。
わざわざ自分を悩ませるようなことは、危険な目に合わせることはしない。
それだけは、自信を持って言える。
逆を言えば、其れだけしか言えなかった。

ただ、昴は「香蒔」を知っている。
昴が呼んでいたのは、華胥の先輩ではない。他の誰でもない。
「香蒔」だ。
そして、行為の最中、うわ言のように何度も呟かれた台詞。
『ねぇ、香蒔。僕の目は治るんだよ。もう君が気に病むことは無いんだ。』


―――僕は、何をした?


短期間だが、記憶を失っている「過去」はある。
砂和子に引き取られる以前。孤児院を転々としていた頃。
有坂孤児院というところにいた時、孤児院の近くで起こった交通事故に巻き込まれた。
軽い怪我だったが、事故のショックによる高熱で其の事故を含め、前後の3日間ほどの記憶が無い。
周囲の人間が、『君は交通事故に巻き込まれたんだ』と言ったから、
其れを鵜呑みにして、そうとしか考えていなかった。


でも、そうじゃないとしたら。
もしも、「香蒔」が昴の目を奪ったのだとしたら……。


真っ暗な部屋。静寂の中。
ようやく効いてきた薬の力で、香蒔は意識を手放した。