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結局、砂和子から柊へ、柊から海へ、海から宮谷オーナーにと伝わった香蒔の体調不良。
香蒔が可愛くて仕方のない砂和子が、元々脚色して報告したということもあり、
日曜の朝には体のだるさもなくなり、頭も幾分かすっきりした状態になっていた。

ただ、昴のことは頭から離れなかったが。



確かめなければいけない。―――自分の過去と昴の過去を。
其の為に、砂和子の手を借りることを香蒔の思考は拒んだ。
自分を大切にしてくれている砂和子。
きっと、その過去が香蒔にとって辛いものであればあるほど、砂和子は其れを綺麗に隠すだろう。
でもそれではいけない。

昴の言った言葉ばかりを気にしていたせいで気づかなかったが。
昴の手が、そして香蒔の身体が物語っていた。
香蒔に触れた熱い手に自分が落としてきていた何かを覚えた。
金曜の夜よりも前に、昴に抱かれていた事があるのか否かは判らない。
けれど、これだけははっきりと言えた。
―――昴と以前に逢ったことがある、という事。
そして、それは自分の失った過去の中にあるのだ。




「香蒔です。少し出かけてきます」

砂和子の部屋の前で声をかける。
自分が学校と華胥の用事以外で出かけるなんて至極珍しいことだ。
きっと、何か訊かれるだろうと思い、自然と肩に力が入る。

「あら、香蒔さん。入ってらっしゃいな」
普段と変わりない佐和子の声に多少安堵しながら襖を開ける。
「気分はもうよろしいの?」

「はい、随分良くなったので学校の宿題を片付けがてら図書館に行こうと思います」
手がひどく汗ばむ。
固く握り締めた掌。脈が速くなっていくのを感じた。

「そう。車とおまわりさんに気をつけていってらっしゃいな」
微笑んでそう告げられ、肩の力が抜ける。
外出の挨拶を口にし、襖を静かに閉めた。





*  *  *




「―――父さん」

書斎の机に向かって読書に勤しんでいた父の背中に向かって声をかける。
本の世界に入り込んでいたのか、自分の息子がドアを開けて入ってきたことに気づいていなかったようで、
驚いて振り向くのがわかった。

「昴か。どうしたんだ?」
「……僕の目、治るんだよね」

手術は、3日後に迫っていた。
医師が告げた成功率は80%
確率は高いようでいて、だがやはり危険は伴う。

「きっと先生が何とかしてくださる。昴も先生を信じて頑張りなさい」
「……明日、また香蒔を呼んでほしいんだ。そしたら、僕…」
「――わかった。電話しておくからな」




*  *  *




図書館に備え付けのパソコンの前の席を立つ。
周囲は静かなもので、時々幼稚園くらいの小さな子供の笑い声がするほどだ。
先ほどから香蒔は有坂孤児院への連絡先を調べていた。
白い紙に電話番号を写し、香蒔は公衆電話へと向かった。