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「俺の両親、どうしようもないクズでさ。母親はずっと男のところだし、
父親は家にいるにはいたけど、寝てるか呑んでるか、暴力か、・・・」


二人は缶珈琲を買い、人気の無い高台のベンチに座った。
錆びたフェンスの向こうに蒼い空が広がる。


「妹に酒瓶振り上げているところを俺が止めに入って、殴られた。
弟がアパートの大家さんのところに走っていってくれたらしくて、気付いたら病院だった」
「其れ、まだ華胥に入る前でしょ?・・・助けてくれる大人がいたのに、どうして」


海は手の平で、空けていない缶をぼんやりと転がした。

「退院して、家に帰ったら父親は居なかった。大方、警察が怖かったんだよな。
だけど、俺への仕返しはちゃんと用意してあった・・・もう、分かるだろ?」


香蒔は無言で頷く。



「・・・アイツ、俺の性癖なんか全く知らなかったんだ。
だから、最高の仕返しだろうって思ったに違いないけどさ。
そうニヤけてる最中に、当の息子はもう病院のベッドで男と寝てたんだぜ、笑っちゃうだろ」

「え・・・」


海は珈琲を口に含み、

『俺が入院してた病室に、運ばれてきたお前が入ってきたんだよ。多分、お前が華胥にくる半年くらい前に』

そう言ったときと、同じ笑みを浮かべていた。




「全然・・・、覚えてない」
「だってさ、お前・・・」

言いかけて、海は口を噤んだ。

「・・・やっぱ、やめとく」
「其れ、教えて欲しいんだけど」

小さく舌打ちをして、海は香蒔のバッグルにわざとらしく指をかけた。

「身体は覚えてるんじゃないの?」
「・・・、話を逸らさないでよ」



海は溜息をついて、香蒔を突き放すように離れた。
空になった缶を足で転がし、やや見上げて空を見詰めたまま呟いた。


「直感で、コイツ同類だって思ったけど・・・」

そして顎をひき、香蒔を見詰める。



「長い間箱の中に閉じ込められて、虐め貫かれた兎が脱走してきたみたいだった」