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「虐め貫かれた、兎…?」
「少なくとも俺にはそう見えたけど?何か…孤児院とかそういう環境だから、じゃなくて。もっと別の意味で」


有坂にいた頃に、孤児院の中で虐められていたような記憶はなかった。
その頃のセンセイも暴力を奮うような人ではなかったはずだ。
少なくとも自分を世話してくれていた井原先生は。
考えごとを始めると無口になりがちな香蒔を横目で見ながら、海は呟く。


「まぁ、俺はそういうひよこみたいな奴を虐めたいって願望あったから美味しく頂いたけど」
そう言って自嘲気味に笑った。虐めるってそういう意味でな?と。
「でも、俺お前が入院してた3日の間、割とお前のこと護ってたよ」
空き缶を足の裏で転がし、少し遠くまで蹴った。



「…護ってた、って。何から?」
「お前が脅えてたモノから」
「それ、何?」


蹴り飛ばした空き缶を拾いに、海はベンチから立った。


「…海、教えて。それ何?」
「言えない」
缶を拾い上げ、フェンスの向こうを見つめたまま、海は香蒔を見ようとしない。


「何で!?」
「じゃあ何で香蒔は知りたいわけ?」
海は間髪いれずに言葉を返した。


「何でって…。じゃあ聞くけど、何で海は話してくれないの?僕のことでしょ、知る権利くらいあってもいいじゃない」
「…判るんだよ」
声のトーンを落として、ポツリと呟く。


「判るんだよ。今のお前にそれ話したら、絶対にもっともっと深く知ろうとするって事が」
「知ろうとしちゃ、駄目なんだ?」
「そういうんじゃない。俺が言って、記憶の断片を手に入れたお前が、どんどん記憶を戻して…」

声を震わせて、海は声を荒げる。未だ、香蒔の方を見ようとはしない。

「それで?」
「俺はお前が、あの頃みたいに、あいつらに脅えた兎になるのが!…なるのを見るのが嫌なんだよ!!」

言い終わると、海は香蒔を振り返った。
険しくなった顔の上を涙が伝う。




「…それでも、知りたい。もう、そんなに弱くないよ、海」
「だけどっ―――」
「お願い、教えてよ。海。…あいつら、って誰のこと?」




1つため息をついて、海は言葉を紡ぐ。
「……あいつらの名前、忘れた事なかった」




「昴と嵐史(あらし)、どっかの金持ちの御曹司だとか、看護婦が言ってた」