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開店2時間前、柊は事務室でTVを陣取り、阪神淡路大震災の被災地中継を観ていた。

震災からもうすぐ5ヶ月目を迎えるが、自宅の電話機は愚か、
彼のプライベート用ポケットベルは、神戸で被災したはずの想い人から呼び出しを受信していない。

結局、病院と小学校の中継では姿を観ることが出来なかった。
チャンネルを切り替え、ニュースを放送している局を探していると、店の電話が鳴った。



『兄貴、学校から家に帰ってきてないみたいなんです。
俺の方も今、部活終って帰ってきたところで・・・。
・・・ああ、美空は大家さんに頼んでおいてあったんで無事なんですけど』

かけてきたのは、海の弟の陸だった。
海の2つ下の中学生で、外働きの兄に代わって家事全般と7歳になる妹の世話をしている。


「いつもは、ちゃんと出勤前に家に戻ってるの?」

『学校から直接そっちに行くことも、まれではないんですけど
ただ、今朝様子が変だったから、気になってしまって』

「様子が?・・・そっか、店からポケベルを鳴らしてみるよ。
今日の出張は客じゃないから、20分もしないうちに折り返し電話してくるさ」

『すみません。よろしくお願いしま・・・・、こら美空っ
引っ張るなよ、何?・・・駄目だよ。これからお兄さんお仕事なんだから』


受話器の向こうで、美空が電話を代わりたいと言っているのが聞こえた。
こちら側のTVの音量を下げると、地団駄を踏んでいる音が聞こえ、思わず苦笑する。


「陸君、構わないよ。俺も暇を持て余してたから、」

『いつもすみません・・・ほら、20秒だけだぞ』


コトコトとくぐもった音のあと、大きく息を吸い込む音がした。

『もしもしぃひーおにいちゃんですか?』

「ひーおにいちゃんです。美空ちゃん、こんばんは」

『こんばんは、あのね・・・』

そばに居る陸に聞かれまいとしているのか、ヒソヒソ声になり、

『今度、美空とお買い物してほしいの。陸お兄ちゃんのお誕生日プレゼント買うの』

と言い、「ひみつね」と囁いて恥ずかしそうに笑った。

「えっ俺が行ってもいいの?」

『うん。だってね、海お兄ちゃんはオウチにいるときいつも寝んねしてるの。
ぜったい起きてくれないの。でもね、仕方ないんだ。夜のお仕事だもん
だけど、ひーお兄ちゃんは、美空が電話するときいつも起きててくれるから・・・』


急に切なさが胸を支配した。手の中のポケットベルに力を込める。
今でこそ遠くなってしまった想い人には、全く逆のことを言われていたというのに。

「うん、行こうか。美空ちゃんが行きたい日にね。お兄ちゃんはいつも起きてるから」

相手が陸に切り替わり、今度はこちら側から電話すると約束したあと受話器を置いた。


それから10分後、海から電話がかかってきたが
いつものぶっきらぼうな声が、柊の予想以上に憔悴していた。