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「ここ・・痣があるでしょ?」


昴は香蒔の手を取り、自分の脇腹を触らせた。
ナイトランプの仄かな橙色の光に、どす黒いミミズ腫れが浮き上がっている。


「これは・・・」

「僕ね、5年前まで母さんと和歌山で、2人で暮らしてたんだ。
父さんにはちゃんとした奥さんがいたから、僕らは京都にいられなかった」


首や肩にも、似たような傷痕がいくつも走っていた。


「母さんは父さんを忘れようと、僕を養うのに専念して頑張りすぎたんだよね。
だんだん、僕が父さんに似てきてしまったことが、耐えられなかったんだ」

「お母さんに・・・」

枕に頬を押し付けた昴は、光の弱い瞳を香蒔に向けたまま続けた。


「父さんが、アパートを訪ねてきてくれた日は今でも覚えてる。
奥さんが亡くなって、母さんの居場所ができたから、って迎えにきてくれたんだよ。
やつれてた母さんが、すごく綺麗に笑って・・それから、泣いてた」

声に温かさを満たして話す昴に、香蒔は怯えを取払っていた。


「京都で父さんと住むようになって、母さんは僕に酷いことをするのを辞めたし、
正妻の子の嵐史とは喧嘩ばかりしてたけど、でもこれ以上の幸福ってないと思ったよ
―――だけど、3年前にさ・・・」


香蒔が息を呑んだのを、昴はベッドの振動だけで察した。
手を伸ばして香蒔の頬に触れ、声を硬くした。


「君に・・・拒否されたとき僕、
母さんが僕にしたことと、同じことを君にしなきゃいけないと思った。
正しいことを教えて、調教してあげなきゃいけないんだ、って・・・」



香蒔の瞳の奥に、何度も繰り返されたヴィジョンが速度を増して駆け回った。



  声変わりがまだ未完成の、かすれた少年の声
  座敷一面に敷き詰められた紫色のライラック


  荒い足音   怒鳴り声           ・・・悲鳴



思考よりも先に逃げ出した体を、昴が素早く体を起こして後ろから抱きすくめた。


「・・・・ごめんね、ごめんね香蒔。あの時、嵐史が僕の目を奪わなかったら、
僕は取り返しのつかないくらい、君をめちゃくちゃにしていたかもしれない。
悔しいんだよ。はじめて・・・本気で好きになった君に、どうして・・・僕は、」


香蒔の肩に額を埋めた昴の瞳から溢れる涙が、
体温を持って、香蒔の背中を濡らしていった。



「どうして、自分の体で覚えた苦痛を、君に与えようとしたんだろう」