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「ミラノのブランドだね。そのドレスは、」 

ワイングラスを傾け、藤氏は目を細めた。 

「ええ、似合うかしら」 


形の良い唇の両端を持ち上げ、砂和子も合わせて微笑む。
深夜、藤氏の経営するホテルのリストランテに車を乗りつけた彼女は、
普段結わえている髪をおろし、深紅サテンのドレスを着ていた。 


「君の父上の借金も、あと五万で返済が済むよ」 

「この場で、お支払いしますわ」 


砂和子は薄い封筒を、カードを伏せるようにしてテーブルに置く。 


「どうなんだね?容態は」 

「容態も何も・・父は覚えてらっしゃらないわ。わたくしの事も・・・」 

「借金の事も、か」 


意地悪く光る藤氏の瞳に、一瞬砂和子の瞳に橙の光が揺れる。 



「何度も、殺してしまおうと思ったわ。そうすれば、わたくしは借金から解放される・・・
でも、貴方が香蒔さんを下さったお陰で自分の手を染めずに
子供の頃からの生活を手放さずにいられたの。感謝・・・しているわ」 


13年前、呆気なく事故で逝った兄と、
4年前、過労で痴呆になった父の事業の借金を負った砂和子。 

兄の恋人であった華胥のオーナーの伝で、藤氏に助けを求めた。
そして、まとまった金を貸す代わりにと、
確実に借金を返済するために渡された道具が、香蒔だった。 


「頭を下げる相手は、香蒔君だろう」
 
「やっぱり・・・誰かが連れて行ってしまうのかしら」 

「受け入れるか否かを決めるのは彼自身だ」 

「・・そうよね」 


高層ビルから見下ろす、京都の夜景
湖の水面に映る星空のように、砂和子の沈黙をひっそりと照らした。 


「借金の返済が終ったら、「お母さん」って呼ばせようだなんて
わたくし、香蒔さんに甘えたことばかり考えていたの。だから・・・行ってしまったら、辛いわ」 

  
目を伏せて呟いた砂和子の長い睫毛が目の下に濃い影を作る。
煌めく夜景を背に、込み上げる想いをワインと共に飲み干す。


「何もかも上手くいくときもあればそうでないときもあるさ」

「わかっていますわ・・・」

「君は十分、彼の母親だと思うがね」


その言葉に弱々しく首を振り、俯いた顔から雫が落ちた。